理事長所信

田中徳一郎
2012年度理事長
田中徳一郎

今を想う

 私達の国、日本には彩り豊かな四季があると謳われており、一年を通して自ずと然り往く春夏秋冬の営みは、即ち自然という言葉で顕されて参りました。その自然が織り成す日本の国には先人が培ってきた文化が根差し、様々に成熟したのです。朝には新鮮な水で喉を潤し、夜を迎えれば明かりを灯し、夏や冬には空調で快適に過ごす現代社会は、様々な自然の変化に対応した暮らしに変容しました。しかしながら、自然を超越するが如くその生活は、本来の自然の営みという存在を遠ざけてしまっていたのではないでしょうか。物質的恩恵をあたかも当然のこととして錯覚した結果、日々の自然に対する感謝や畏怖を何処かに置いてきてしまっていたのです。その様な中で2011年3月11日、東日本大震災というこの日思い出された自然の猛威は、突如として現代社会を襲ったのです。

 私達は今、かつての文化を振り返るべき分岐点に差し迫っているのではないでしょうか。かつての文化、先人の知恵には、自然という存在を近くに感じて暮らす日常が存在しました。朝には井戸から水を汲み出し、夜を迎えれば明かりも程々に就寝し、寒暖ある季節とも共生を図りながら過ごした社会が在った筈なのです。しかし時は変遷し「便利ならば良い」という思想が徐々に社会を蝕んでいったのです。そして自然を凌駕した象徴として存在する原子力発電をはじめ、利便性のみに傾倒した世相が社会を覆います。大東亜戦争の終戦という過渡期の中、かつて原子力が兵器として日本を襲ったにも拘わらず、今日の物質的恩恵は私達の暮らしを麻痺させていったのです。今、資本主義社会は大きな転換期を迎えたのだと感じております。日本に端を発した脱原発の潮流が世界中で問われている昨今、私達は今一度、文化を再構築する原点に立ち返る時を迎えたのかもしれません。

まちを想う

 川崎のまちもこの度の震災により様々な被害を受けました。臨海部では液状化が発生し、工業地帯や研究機関は電力不足の危機に直面しており、今まちの元気は失われつつあります。商業及び公共施設でも被害が発生した中で、まちの至る所で地域の活力が失われた現状が横たわっております。かつて先達諸兄が、戦後の荒廃したまちを揺りかごに、青年会議所運動の篝火を灯した様に、復興に資する動きを大きく展開する時代を再び迎えたのだと強く感じております。川崎のまちづくりは勿論として、次代の日本再生に向けて実行可能なことは何であるのか。戦後社会に於ける先達諸兄の担いと同様に、今日社会に於ける私達には青年としての使命が課せられている筈です。かつては「青年会議所しかない時代」と称された時代も在りましたが、今では「青年会議所もある時代」と言われており、そのプレゼンスに陰りが出ております。しかしながらこの様な時代だからこそ、我がまちに背中を示し、私達だからこそ出来ることを掲げて、横溢に行動する時が来たのだと強く感じております。さあ「明るい豊かなまちづくり」の実現という御旗の下、青年会議所運動を今再びまちの文化として傳えて行こうではありませんか。

地域に夢を

 青年会議所に於いて会員拡大の活動こそ、一番身近な青年会議所運動に他ならないと言われております。今一度この唱え言葉について、深く考えてみましょう。会員拡大活動と青年会議所運動という両輪について考察した時、各々の「活動」と「運動」の違いはどこに在るのでしょうか。即ち「活動」とは個人一人ひとりの独立した動きを指しており、そして「運動」とは多くの人々による連帯した動きを指す言葉であります。だからこそ青年会議所運動とは個人独力では決して成し得ない物として位置付けられ、会員数は青年会議所運動の原動力その物と言えます。故に青年会議所運動の旗手を増やすという会員拡大は、一番身近な青年会議所運動だと言われる所以なのです。この様に青年会議所運動の実現の為には、会員拡大活動とは必要不可欠な物となります。まちを活性化するには、己の仲間の輪を先ずは拡げ、自分達が元気でなくてはなりません。そして額に汗水を垂らし、我武者羅に地域を駆けずり回ることが出来るのであれば、即ち元気である証明に他なりません。延いては、この泥臭さこそ「活動」という動きの本質である筈です。一つの目標に向かう時に「全く活動をせずに駄目だった」という終着と「多く活動をしたが駄目だった」という終着とでは、似て非なる結果であると言えます。とにかく活動を試みるという先にこそ、私達の運動の可能性が拡がっているのです。

己に元気を

 青年会議所に於いて会員拡大の活動こそ、一番身近な青年会議所運動に他ならないと言われております。今一度この唱え言葉について、深く考えてみましょう。会員拡大活動と青年会議所運動という両輪について考察した時、各々の「活動」と「運動」の違いはどこに在るのでしょうか。即ち「活動」とは個人一人ひとりの独立した動きを指しており、そして「運動」とは多くの人々による連帯した動きを指す言葉であります。だからこそ青年会議所運動とは個人独力では決して成し得ない物として位置付けられ、会員数は青年会議所運動の原動力その物と言えます。故に青年会議所運動の旗手を増やすという会員拡大は、一番身近な青年会議所運動だと言われる所以なのです。この様に青年会議所運動の実現の為には、会員拡大活動とは必要不可欠な物となります。まちを活性化するには、己の仲間の輪を先ずは拡げ、自分達が元気でなくてはなりません。そして額に汗水を垂らし、我武者羅に地域を駆けずり回ることが出来るのであれば、即ち元気である証明に他なりません。延いては、この泥臭さこそ「活動」という動きの本質である筈です。一つの目標に向かう時に「全く活動をせずに駄目だった」という終着と「多く活動をしたが駄目だった」という終着とでは、似て非なる結果であると言えます。とにかく活動を試みるという先にこそ、私達の運動の可能性が拡がっているのです。

次代にこころを

 「次代に繋がる文化を紡ぐ」。私達が今日の責任世代として直面すべき課題であります。そして次代の担い手が誰なのかを考えれば、今の子ども達に他なりません。だからこそ青少年の育成は、明日の「夢」を育む青年会議所運動の柱として位置付けられる筈なのです。そして少子化が加速する社会に於いて、今に生きる子ども達は国全体の大きな宝であります。故に青少年育成という担いは、地域に於けるまちづくりという見地からも、誠に重要な位置付けになってくるのです。また青少年を育むという観点に立てばこそ、先ずは子ども達にとって一番身近な社会である家庭という存在も忘れてはなりません。「子は親を写す鏡」と言われており、親子は一対の鏡に例えられております。青少年育成事業に於いて、子ども達という鏡を通してこそ、その家庭にも大切な心を傳えることが出来る筈です。青少年の育成は、延いては責任世代たる大人達の育成にも直結します。子が育てば親が育ち、親が育てば社会が育ち、社会が成熟すればこそ「明るい豊かなまちづくり」の実現が近付くのです。

組織に公益性を

 私達のまち川崎は、全国でも上位の政令指定都市として位置付けられております。また社団法人川崎青年会議所は、日本国内に存在する会員会議所が七百を超す中で、数えて二十二番目に設立された組織として、伝統や格式を備えて参りました。その創立以来、私達の組織やまちも時代が遷る中で、昨今では社会に於ける社団法人の在り方が大きく問われるに至っております。今、新たに制定された公益法人格の取得必達に係り、私達も事業等の方向性を見直す動きに入っております。この公益法人制度の改革は、青年会議所運動の意義を問う契機となっております。「明るい豊かなまちづくり」を命題に掲げる以上、先ずはその公益性が認められてこそ、私達の存在意義を堅持出来ると考えます。本年度、その公益性を徹底的に追求して参ります。対内のバランス有る財務構築は勿論、地域へ向けた広報に際しては、その公益性を力強く発信して参ります。まちに相応しい青年会議所として、品格ある組織運営を目指して行きましょう。

結ぶ

 今、世の中の当然は崩れ去り、私達の文化や暮らしは転換期を迎えております。社会が大きく変わる時だからこそ、先ずは「個」の確立という根幹が大切なのではないでしょうか。確固たる「個」が在り、その「個」たる多くの会員が青年会議所の運動に参画をし、そして私達の運動が能動的変革を社会に促す在り方こそ、青年会議所運動その物であると考えます。信ずる所、先ずは私自身の「個」を所信として謳わせて頂きました。どうか会員の皆様に於かれては、皆様自身も「個」を確立して頂き、本年度の青年会議所運動に参画願いたく存じます。そして、その個々の活動から成る運動を御旗に、川崎のまちを、地域を大きく巻き込んで参りましょう。どうぞ志を同じくしながら、宜しくのご支援、ご協力をお願い申し上げます。